118円の年越しそばと

 

 

 

4つ、ケーキを用意してくれる?

私が大晦日の前日に、母にお願いしたこと。

母はきちんと用意してくれた。

大きないちごののったショートケーキと、クリームたっぷりのシュークリームと、タルト生地がザクザクなフルーツタルトと、唯一のチョコレート味、チョコレートケーキ。

 

仕事があったので用途は告げず母に頼んだのだった。

生クリームが食べたくて仕方ないといった彼と出かける道中、食べられたらサイコーなので。どうか。生クリームののったケーキを。どのケーキとかは絞れないから4つも買ってしまいたい。

 

無我夢中の私の話、何も聞かずに協力してくれる母。

世界一愛している。

 

実家に到着。

お金は多めに支払い、お礼として欲しがっていた片手鍋をプレゼント。

集まっていた家族にまだ見ぬ新年の挨拶。

息つくまもなく実家をあとにする。

 

 

 

駅前、23:00。透き通る空気が心地よい時間。

彼が運転する水色の車に拾ってもらう。

晦日の夜、二人とケーキをのせた車は静まり返るベッドタウンを抜けてゆく。

 

こんなふうに悪いことをしている気持ちになる楽しい行為は、大人になってからむしろ増えたように思う。

道中は、話す。とにかく話す。

まだまだ私は彼を知らないし、彼は私を知らない。今日食べた物、この前聞いた好きな映画について、学生時代の話。何でも良い。何でも知りたい。

 

夜のドライブはいつだって最高。

一人だって良いものだけど、好きな人とふたりで敢行する夜のドライブというのは、するりと世界から逃げおおせて、ついにふたりきりになった、みたいな感覚がある。と思う。

共犯の感覚。ドライブを始める前よりもかなり、近しい感じ。

 

玉ボケの連続に、夜を感じ、ロバート・デ・ニーロウィノナ・ライダー伊藤沙莉さんへおもいを馳せる。ドライブのシーンが多い映画が大好き。

馳せながら、この橋が好きとか、このトンネルは怖いとか。人がいないねとか、いま人がいたねとかぽつり、ぽつりと言葉をかわす。

 

そうこうするうちにかなり郊外まできた。

お、と彼が微かに歓声をあげる。

暗い夜道でぽつんとひかる、セブンイレブン

宇宙で星を見つけたような気持ち。

ケーキあるから、コーヒーを買おう。

年越しだから、そばも買おうか。

最高だね。楽しいね。

もうあと8分で年越しだよ。

 

彼がコーヒーを淹れ、わたしはお湯を注いで。また連れ立って車にもどる。小さな動作や瞬間がいちいち美しい。やけに煌めいて見える。すべてがイベント。なんて幸福な時間なのだろう‥いとおしくて敵わない。

 

 

 

まだ日の出も拝む前から祈りはもうはじまっていた、こんなふうな、健やかで温かくて、きわめておだやかな気持ちでずっといられたなら。今年祈ることはこれだけ。

 

 

このあと彼は私の恋人になり、めでたく母に報告。おめでとうより先に「きをつけろ!焦らないで!」と予想外の激励。私もいい年なのである。どこもかしこも愛に包まれた、案外あんまり甘くない年明け。